リターン・トゥ・ザ・実家

 実家に行く前に、少し遠回りして昔良く遊んだ公園や、マイ補助記憶装置だった図書館や、本屋のあった商店街などを見て回った。

 子供が減ったせいか公園は潰されて駐車場になり、かつてよじ登って降りられなくなり泣いてしがみついた崖はコンクリで固められ、町田市最古の小学校は半分駐車場で半分は消防署となり、わき水で出来ていた沼も潰され住宅街に、生意気な警察官のいた交番は無人くんに、商店街は半分近くが空き家になっていた。

 この辺一体が高度成長期に作られた住宅街なので、その辺の世帯がぱたぱたと死に始め、子供達は外へ出て行き、人口が減っているのが主な原因なのはまあ確実だろう。

 久々にあって開口一番『太ったな』と言われた。

 去年手術の立ち会いを依頼したときから10?重増えたから、当然と言えば当然か。

 父親の方は定年退職後も清掃のバイトをしているお陰でまだかくしゃくとしている物だが、母親の方は胸椎骨折を再発したそうで、半分寝たきり。

 まだ認知症には到ってないが、会話の反応がかなり鈍くなっていたので、そろそろやばいのかも知れない。

 父親も、自分が先に死んでしまったら、母親の面倒を誰が見てくれるかと心配していた。

 妹夫婦の所帯では経済的にも難しいだろうし、施設に預けて僕が費用負担をしつつ、妹に時々顔を出して貰う。そんな感じに落ち着くのだろうか。今度妹と話をしておかないとダメだな。

 と思って帰宅してから妹に電話したら電話番号変えていやがる。あとで親父殿に新しい電話番号を聞いておかないと。

 僕も来月には五十歳。

 時は流れる。